やがて君になる 第3話 初恋申請
みなさん、こんにちは!!
さっそくですが、「やがて君になる」第3話の考察を場面ごとに記載していきます。
第2話は、燈子のキスによって再び戸惑いの中に放り込まれた侑が描かれましたが、今回は侑と燈子の今後の関係性が読者に明示される形で着地しました。
今回は、
「初恋申請」の意味
燈子との比較により強調される侑の悩み
二つの「ずるい」の意味
を中心に記載します。
なお、以下の場面は考察しやすいように分けているだけで、読解における厳密な分け方からは逸脱している点をご容赦ください。
「初恋申請」の意味
まず初めにタイトルの「初恋申請」の意味を考えながら、あらすじ全体を追っていきます。
■場面1(選挙活動の打ち合わせ)
冒頭では、選挙活動の打ち合わせの場面が描かれます。
遅れてきた燈子を侑は複雑な表情を浮かべ、見つめています。第2話の最後をふまえれば、当然の反応といえるでしょう。侑は燈子の唇に目を向けていますが、第2話に続いてここでも、「侑→燈子」に視線が向けられているのがポイントです。
打ち合わが終わり、燈子が侑に声をかけます。侑は、キスしたことを謝られても「…別に気にしてないです」と答え、推薦責任者の任を改めてお願いされても「…わかりました」と答えます。
一方で、キスされたことに対して「何も感じなかった」と呟いた後、第2話の「君といるとどきどきするの」という燈子の言葉を思い出し、複雑な表情を浮かべます。
■場面2(選挙活動)
続いては選挙活動のシーンです。掲示認可のハンコをもらうため、侑は職員室へ向かいます。その最中、燈子と自分の関係を「うん 普通の候補者と責任者だ」と心の中で再確認します。ここでも侑は燈子を意識していますね。
そして、職員室でハンコをもらった帰り際に「あいつもきっと喜んでいるでしょう」という先生の言葉をたまたま耳にしますが、当然「あいつ」が誰を指すのかは侑にはわかりません。
■場面3(校内新聞の取材)
続いて校内新聞の取材を受ける場面に移ります。取材の最中も侑は燈子の横顔を見つめています。そんな侑に燈子は「緊張するね」と声をかけますが、その言葉を侑は嘘くさく感じます。
そして、集合写真を撮るために侑と燈子の身体が触れ合うシーンを迎えます。偶然手が触れ合った直後に「あ すいません」と謝る侑。対して、燈子は「あ うん」とやや動揺して答えます。そんな燈子の様子を侑はじっと見つめています。
直後に、侑は燈子の手を意図的に握ります。頬を染める燈子を見て、侑はさっと血の気が引くような表情を浮かべます。
撮影が終わり、二人が離れるシーンでは、侑の表情は、初めは前髪に隠れて見えません。しかし次のコマでは「ずるい」と燈子に対して心の中で呟きながら、憎悪にも似た表情が描かれています。非常に複雑な心情ですが、やはり燈子に向けられているのがポイントです。ここまで感情的な表情を浮かべた侑は本作でも珍しいくらいですが、心情の考察は後ほどするとして続きを読み進めましょう。
■場面4(喫茶店)
燈子から「明日原稿を一緒に考えたい」という趣旨のお願いをされ、侑は「わかりました」と答えます。一方で、「わたしが勝手に期待して勝手にがっかりしてるだけだ」「わたしと先輩は違うんだよ」と、燈子に対する自分の心情も整理しています。この独白からは、燈子に対して自分と同じであってほしいと期待する気持ちとともに、「違うんだよ」という残念がるセリフから、孤独であることの侑の寂しい気持ちも伝わりますね。実際、雲がかかった夜空(星)を背景に、「わたしに特別は訪れない」という侑の独白でこの場面は終わります。
翌日、約束通り燈子と侑は一緒に喫茶店を訪れます。
「わたしは先輩のこと好きになれない」と言おうと侑は決めていましたが、燈子は「付き合ってなんて言わない」「(侑を)好きでいさせて」とお願いします。
燈子の想いを「変」と思いつつも、侑は「わたしは……」「…それでいいのなら構いませんけど」と最終的には受け入れてしまいます。
「……また眩しい思いをするだけなのに」と侑は悔やむ一方で、なぜ承諾してしまったのか疑問に思いながら「……この人はやっぱりずるい」と独白し結末を迎えます。
さて、最後まであらすじを簡単に追いましたが、ここでようやくタイトルの「初恋申請」に戻ります。
ラストの場面からも「初恋申請」は燈子が侑に行ったものといえそうですが、実は別の側面から捉えなおすこともできます。
「申請」という限りは、それを受け取る側のことも考えてみます。
言葉を読み取る限り、侑は本心では納得しないながらも申請を受け取ったことは事実でしょう。しかし申請を受け取ったか否かは表層的な意味でしかありません。燈子を意識し続けているという事実を踏まえると、侑は本人にも自覚がないまま燈子に対して恋をするための第一歩を申請を受け取る前からすでに踏み出していたわけです。そう考えると第3話は燈子だけでなく侑にとっても「初恋のはじまり」である話と捉えなおすこともできるのです。
燈子との比較によって重くなる侑の悩み
続いては、第3話における演出面に注目しましょう。先ほどは燈子を意識する侑について考えてみましたが、実は第3話においてより重要なポイントは、侑が燈子を意識することにより、水面下で自分自身と燈子を比較してしまっていること、そしてそれにより自身の悩みを重くしてしまっている点です。
たとえば、推薦責任者を改めてお願いする燈子とそれを引き受ける侑の場面を見てみましょう。
侑に推薦責任者を引き受けてもらい「ありがとう」とお礼を述べる燈子の表情からは喜びが感じ取れます。一方侑は初めてのキスに対して「何も感じなかった」という冷たく沈んだ言葉を述べています。
実際にこのときの侑は「君といるとどきどきするの」という燈子の言葉を思い出しています。無意識のうちに沈む自分と浮かれる燈子を比較することにより侑の悩みは本来以上に重くなっていきます。
その表情は直後の悔しさとも切なさとも怒りともとれる複雑な表情に表れています。
そんな侑の苦悩が決定的になるのが、続くインタビューと最後の喫茶店の場面です。
そして最後の喫茶店の場面では、「好きでいさせて」と述べる燈子とそれを渋々了承する侑が、やはり対比的に描かれています。きらきらと光る燈子とそれを眩しく感じる侑。
第3話では、このように浮かれる燈子と沈む侑が対比的に描かれることで、読み手に侑の苦悩がより重く伝われるように工夫されているのです。
二つの「ずるい」の意味
第3話では物語の山場で「ずるい」という侑の心内語が二箇所で述べられています。
両者は字面が同じでも、異なる意味で使用されているため、整理して読み進めてみます。
まず一つ目の「ずるい」はインタビューの場面で出てきます。
侑は意図的に燈子の手を握り、燈子は浮かれた表情を浮かべます。
その直後に侑は息が止まるような表情をし、「ずるい」と心の中で呟きます。眉と口角はつりあがり、なんとも表現しにくい複雑な表情をしています。
ここでの侑の心情をつかむためには、前提として前項の「比較」をおさえる必要があります。燈子と比較することにより、侑は自分の悩みをより重く受け止めていることでしょう。
そのうえで、「七海先輩はわたしと同じだと思ったのに」という言葉を呟きます。この言葉からは自分と同じだと期待をしてそれを裏切られたという失望感が読み取れます。
続く「手を握ったくらいでそんな顔するなんて」は「~くらいで」「そんな顔」という表現から侑と恋の距離がまだまだ遠いと思い込んでいることが読み取れます。
そして「先輩はもう特別を知ってるんだ」という言葉と、直後の燈子を追いかける描写、さらに「わたしもそっちに行きたいのに」という表現からは、燈子のみが特別を知っていることへの嫉妬、自分だけ置いて行かれることに対する孤独感、追いかけようとしても追いつけない寂しさ、それによる焦りなどといった複雑な心情が読み取れます。
なお、この場面の侑の心情は燈子に対してだけでなく自分自身に対しても向けられています。両者に対する心情だからこそ、侑の表情も複雑になっているのです。
二つ目の「ずるい」は喫茶店の場面です。
こちらは、一つ目の「ずるい」よりは読み取りが容易でしょう。感情の向く相手が燈子一人だからです。
場面は燈子が侑に「好きでいさせて」とお願いするところです。
「好きでいさせて」という燈子の申し出に侑は「そんなの……変ですよ」と抗うものの燈子が一人で満足する旨を伝えられ「…それでいいのなら構いませんけど」と答えます。
ここでの燈子は、狡猾であることは否めません。自分のことを好きにならなくていい、一方的に好きでいさせてほしい、ということを述べられ断ることをできる人間はストーカーのように害を与えてくる相手でない限りは、ほとんどいないでしょう。
ただし、ここでの侑は「……またまぶしい思いをするだけなのに」と否定的にも捉えています。
そのうえで「なんで構わないなんて言っちゃったんだろう」と疑問に感じ、燈子の狡猾さを認識したうえで「……この人はやっぱりずるい」と述べています。
以上の説明を受けて、気づく方もいるかもしませんが、ここでのポイントは侑の心情そのものよりも、第2話における沙弥香の「ずるい」との対比です。
第2話で笑みを浮かべながら燈子を「ずるい」と評した沙弥香、そして第3話で不満げな表情で燈子に「ずるい」と述べた侑。
第3話の最後の場面では、燈子に対するそんな二人の関わり方の差異が強調され、物語の幕は閉じるのです。
2019/3/22/ 初校UP